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ミュージカル『さよならソルシエ』再演雑記

ミュージカル『さよならソルシエ』再演の幕が下りて5日。今日からGyaO!で配信がされます。
GyaO!視聴前に記憶として、どうしても文字に起こしておきたくて、感想と解釈を書きなぐりました。

これはミュージカル『さよならソルシエ』再演の個人的な解釈と感想を全部混ぜたものです。公演もごっちゃ混ぜ。
ネタバレがっつりです。

原作のテオドルスのファンでミュージカルさよならソルシエ初演の虜になった人間の、印象的だった部分の話がメインです。
(初演の雑記については、お手数ですが遡って下さい)



ミュージカルさよならソルシエは「原作に忠実」でありながら原作を「脱構築」した作品だと初演時に述べました。
さよならソルシエ再演はさらに「再構築」し、より深まった「人物像」と「愛」と「魔法」が溢れる作品だと思います。

初演とかわりのない舞台上、そして開演前アナウンス。
1年ぶりに聞く、テオドルスの声。
「しーっ」で始まるアナウンス。今年も境界線が崩れかけている。
1年しか経っていないのに、ひどく懐かしくて嬉しくて。いよいよ始まるのだなぁと。


テオドルス達のいる2(.5)次元と私達の世界である3次元の境界線を司るピアノの江草さんの登場。
(後で触れますが、もうさよならソルシエの世界と私達の世界は境界線など無くなっていたのかもしれません)

江草さんのピアノで始まり、足音が鳴り響く会場。

初演同様、ジャン・サントロ(合田雅吏さん)だと思っていると、足音とともに少しの振動を感じる。

次に人影を感じ、上手側を見ると上手通路にテオドルス(良知真次さん)が。
(初演を見ているからこその驚きでした。そうやって驚かせることこそがソルシエ。

そして、もう彼は3次元空間にいる。

3次元空間という私達の世界の“現実”であり彼の世界の“虚実”の世界から、
さよならソルシエという彼の“現実”であり私達の世界にとって“虚実”の世界へ。)

舞台に上がり、布が被せられたキャンバスにそっと手を伸ばすテオドルス。
目深にかぶった帽子から見える表情はとても愛おしそうに、でも少し泣き出しそうな顔をしていて。
布が被せられた絵をそっと撫でる。

するとまた誰かの足音が。玄関が開くほんの少し前に振り返るテオドルスの動きが俊敏で、猫のよう。

そしてサントロの登場。
ここでテオドルスはサントロとすれ違って裏に行きます。
しかし、サントロには彼は見えていない。圧倒的な存在感がありながらも、彼は気配を消し、存在を消すことができる。
それはこれから作り替えられる、存在していた姿を消して別のものとして世に広める兄フィンセントと弟テオドルスという存在を暗示しているのか。

カーテンの裏に立つテオドルス。
そのまま部屋に入ってきたサントロはアプサントを飲み、そこでフィンセントの絵を見つける。

一筋の光とひとつだけのピアノの音。繊細ながらも、圧倒的な存在感。

吸い寄せられるようにして絵に向かい、かかっている布を外そうとすると
「随分と酒に飲まれているなぁ、戯曲家ジャン・サントロ」

テオドルスは先程までサントロが座っていた椅子に座っており、ひとりでに開くカーテンの裏には誰もいない。

いつの間に。また驚かされた。テオドルスがソルシエ(魔法使い)なんだと見せつけられる。
プサントを進められるも「そんな毒みたいな飲み物はいらない」と一蹴。

そして、兄の人生を作り替えると話すものの、ノリ気ではないサントロにここぞとばかりに絵にかぶせられた布をとるテオドルス。
フィンセントの『ひまわり』を目のあたりにしたサントロは「天才か…」と漏らし涙を流す。

そしてこの戯曲を作る共犯者になろうと、早速テーマを探し出す。
ピアノの方へと歩みを進めるテオドルスが
「生涯孤独の…狂気の画家さ」
と、鍵盤を叩きつける。
(原作ではこの台詞はサントロですが、ここではテオドルス発案。全てはテオドルスの手にあると言ったような、卓越した存在であることの印象づけのようにも思えます)
音は変わっていないはずなのに、テオドルスが叩きつけて響いた音は本当に狂ったような音で体が震える不協和音でした。


そこへ息を荒くして駆け込んでくるアンリ・ド・トゥールーズロートレック(反橋宗一郎さん)、ポール・ゴーギャン(Kimeruさん)、エミール・ベルナール(輝馬さん)、ポール・シニャック(上田堪大さん)

慌ただしく駆け込んできた画家組に「しーっ…」と口角を上げて挑戦的に微笑むテオドルス。
(2巻の本体裏表紙そのままで、まさかここでその笑顔が出てくるとは思いもしませんでした。彼にとってはもう全て終わっているという意味もあるのか)

「さて、諸君。これからここで話す話は誰にも漏らしてはならない」
「諸君」で画家組、客席をぐるっと見渡すテオドルス。まさに今、共犯者となった瞬間。

「墓場まで、いやぁ?あの世まで!」
墓場?そんなもんじゃない、と人差し指を立てて振る。あの世まで。テオドルスの示すあの世は瞳の睨む先に、真っ直ぐ前にある。死んでも尚この話は、この魔法は、魔法であり続けなければならない。

「持って行っていただきたい…!」
フィンセントの絵を世界に広める、二人で描いた夢を叶える、そしてそのために悲しみを殺した強い気持ち。
初演は強い意志とともに魔法をかけるような所作でしたが、再演はテオドルスの繊細で強い気持ちが溢れた所作とセリフだと感じました。

M1『ギフト』
良知テオの歌い方が最初からとても繊細な歌い方になっていた。フィンセント・ファン・ゴッホ(平野良さん)が後ろでテオドルスを切なく見つめている。
先程までの強いセリフが、イントロのダンスが嘘のように、フィンセントの絵を撫でた時のように繊細で。
しかし、宿敵ジャン・ジェローム(泉見洋平さん)が登場した瞬間、彼は強く鋭く、ジェロームを睨みながら歌う。
「夢 例えば ひとえに 暗闇」
この歌詞を歌っているのは、画家になりたかったけれどなれなかったテオドルスと、革新派に怯え自分の才能の限界を感じているジェロームだけで。
語弊があるかもしれませんが“夢を諦めた”二人だけの歌詞で。
だからこそテオは違う道を探したのではないかと思ってしまいました。

そしてフィンセントの登場。
ひまわりの花のようにぱっと広がるアンサンブルの中から、全てを包み込むような温かく優しくそして強い歌声。
それをじっと暗闇で見つめているテオドルス。
太陽に向かって咲くひまわりがフィンセントなら「あなただけを見つめて咲く」ひまわりはテオドルスなのでは。

「生きた証を」フィンセントの生きた証=絵を。
フィンセントの魔法が絵で、その絵にさらに魔法をかける=世界に広めるのがテオドルスで。
ひまわりを持ってフィンセントに背中を向けて歌うテオドルスは強くて。反対側のフィンセントは楽しそうに世界に色を付けていて。
しかし、向かい合った瞬間テオドルスはとても切なそうに、フィンセントは優しい笑顔で歌い出す。

そして座って絵を描くフィンセントに後ろから魔法をかけるように歌うテオドルス。
そこはもう二人だけに特別な光が差し込んでいて。二人で魔法をかけている。
テオドルスの魔法とギフトに別れを告げるフィンセントと、フィンセントに別れを告げるテオドルス。さよならを。

(ギフトが終わったあとの拍手は再演もやはりとても熱がこもっていて。
初演初日のあの1拍空いた大きな拍手と同様で、再演初日の圧倒されて待ってましたと言わんばかりの拍手がきっと忘れられない)

そして始まる物語。
(流れは初演と変わりません。しかし、別物)
テオドルスについて話す画家組。
一言で言うならば「ソルシエ」それ以外に表現ができない。

チェスの場面。
帽子をくるくると回し、すっと後ろのつば部分を持ち、はめるようにしてかぶる。エレガント。
チェスの音を聞くと、さっと振り向く。サントロ登場同様、猫のような反応。
(下手から見ると、段に腰掛ける良知テオのお顔がピアノにうつっていて。その陶器のような肌と造形美に驚かされました)

そして語り手のアンリのステッキがテオドルスをさす。

M2『CHESS』
紫の照明の中、テオドルスの魔法が始まる。
テオドルスが触れた駒は、駒を持っている藍色の帽子の浮浪者(荒木栄人さん)の意志と関係なくテオドルスの思う場所に置かれてしまう。
「相手を見ろ」の「見ろ!」が言葉になっていて、喧嘩相手の顔をよく見て臨戦態勢の猫のよう。
(「ここで相手の退路を断つ!」が勢いが良くて、いつも聞いていてスカッとしました)

そしてテオドルスの勝利。
浮浪者に何者だと聞かれて少し誇らしげに笑った瞬間。

「支店長ーーーーー!!!!!」
お待ちかねみんな大好きマルクス(青木一馬さん)の登場。
テオドルスが「(うるさ…)」と指を耳にさし、しかめっ面。お茶目なテオドルスが今年もいました。
浮浪者に紛れてマルクスから隠れるテオドルス。いつもこうして自由人なテオをマルクスが画廊に連れ戻しているのかなぁと思える場面。
「どいたどいたどいたどいた!」と浮浪者を掻き分けて「もう~!探しましたよどこ行ってたんですか!!!」とテオドルスを引っ張るマルクス
(時々青木マルクスが良知テオのお尻をぺちんと叩いていて、良知テオも(ふんふん)みたいな、なれた様子でとんでもないなグーピル商会モンマルトル通り支店…)

「文句があるならモンマルトル通り19番街グーピル商会まで来いっ!」でマルクスが指をくいっと勢いが良く招くようにしていて。
(浮浪者を嘲笑して「ただしドレスコードでな」と言うけれど、そんなに嫌味は感じない。それが青木マルクスの良いところだなぁと思います)


しかし、アンリにステッキで足を引っかけられて躓くマルクス

再演は画家組が回想シーンに介入できる存在に変わっていました。
(いつもしれっとしてるアンリとハテナがとぶマルクスも好きでしたが、千秋楽の「誰だ誰だ誰だ誰だ~!」と騒ぐマルクスのアドリブ素敵でした)

その後ろでチェスに負けた浮浪者をじっと見ているテオドルス。

1時間43分待たされた本部長(下道純一さん)と天気が良かったので散歩に出たというテオドルス支店長のやり取り。
「品格」と聞いた瞬間に呆れたような顔をしたテオドルスが噛み付く。支店長に振り回されるマルクス

本部長が去ったあと
「ああーーーー!もうっ!!!!」と大きな声を出して、売上表をティーカップの上に置こうとして触ってしまい「あちっっっ!」と踏んだり蹴ったりのマルクス
そんなマルクスにモップを投げて渡す(気はない)良知テオ。
「行くぞ?取れよ」
とか言うくせにフェイントをかけてから絶対取れない位置にほっぽり投げる。
(青木マルクスに「下手くそなんですよ!」と言われた日には良知テオも驚いて思わず「しーっ…」としたり、「もう…辞めたいっ!」と言われた時は「辞めるんじゃなくてクビだぞ?」と言ってみたり)

マダムブールジーヌの来店を断言するテオドルスに「は…はぁ!?」と
何言ってるんだコイツみたいな反応をするマルクス
再演マルクスはテオドルスの扱いが慣れはじめたようでした。

売上表を汚いもののように持ち、紅茶を手にするテオドルス。
手首をひねるように時々くるくるとまわしてるのが印象的でした。
紅茶の表面に写った自身の顔を見ているのか。

昼間の浮浪者ことフランス学士院お抱えの評論家ことムッシュ・ボドリアール(窪寺昭さん)来店。

ムッシュの嘘を見破ったテオドルスのマルクスに話しかける表情が、仕事を教えるだけでなく物を見極めることを教えているように思えました。

M3『新しい才能』
通称、下賤の歌。
テオドルスがゆっくりと拳を握りしめてからムッシュに向き直っていたのが印象的。
闘志と一発かましてやろうという魂胆なのか。喧嘩の火蓋が切って落とされた瞬間。
「ムッシュの評論はすべて拝読させて頂いております」
帽子を取り、スマートにお辞儀をするテオドルスと後ろで自分の胸に手を当てて誇らしげにお辞儀をするマルクス
しかし「パリの犬」で差し出されたムッシュの手を叩きのける。
ハラハラやり取りを見ていたマルクスは見ていられず、ソファの後ろに隠れて怯えながらひょこっと顔を出す。
(ここで後ろにいるアンリは呆れたようにムッシュを見ていて、エミールはアプサントをちびちび飲みながら見ていて芸が細かい)

そしてムッシュにテオドルスが求める芸術はどこにもないと言われた瞬間、余裕そうに微笑み真ん中まで行くと帽子を取り頭に指を宛てて、斜めに顔を傾けると
「ありますよ、ここに」
ここにある、自分の頭にある。
だからもう新しい芸術は始まっているんだ、よく覚えておけというような挑発。

マルクスかテオドルスから聞いたであろう話をサントロにし、笑い転げる画家組とサントロ。
その横を通ってピアノの楽譜を覗き込むテオドルス。
物語が進んでいくのを見届けてから去る。その回想シーンもテオドルスの魔法なのか。

フィンセントはどんなやつだと聞かれ、一口には語れないと言葉が詰まる画家組。
そこにやっぱりゴーギャンはいない。
フィンセントの登場と同時にそこに存在しないはずのサントロとぶつかる。
ふわふわとした異質な存在に目が奪われるとエミールがフィンセントを指さし、「(あれがフィン!)」と教える。
浮浪者を描こうとして怒られて突き飛ばされたフィンセント。
反発する精神がないからか、踏ん張ったりもせずにされるがままで地面にベタっと突き飛ばされてしまう。
そこへゴーギャンが。人懐っこくて心優しくてお節介な彼は更にしつこくなってました。


(再演のアドリブも絶好調で、黄色い家があると話していたり、史実を少し織りまぜたりするところもあって。ぜひ全公演分円盤で見たい)

フィンセントにいつの間にか去られてしまってキョロキョロするゴーギャンを見て笑うサントロと、サントロの笑い声に驚くゴーギャンが可愛い。

炭鉱夫の葬式の場面。
葬式を描こうとするフィンセントを止めようとするゴーギャンだが、自分の世界に入ってしまったフィンセントにその声はもう聞こえていない。
兄の葬式だと、話す青年(岩田そう汰さん)に顔を上げるフィンセント。
弟を残して死んでいった兄の人生を悲観する弟に、「惨めだと思わない」と話すものの受け入れてもらえるはずもなく。

M4『ドービニの黒猫』
フィンセントだけに光があたる。
フィンセントの才能を目のあたりにするゴーギャン
お手並拝見といった表情から、キャンバスに色のついた瞬間に絵筆の進む先をじっと真剣に見つめる。
フィンセントの中の世界はまず紫の光で照らされる。フィンセントの魔法もテオドルス同様、紫で始まる。
「一人佇む」は炭鉱夫の弟と今後のテオドルスの暗喩なのか。
(脚本演出作詞の西田大輔さんが「『ドービニの庭』の消された黒猫はテオドルスなんじゃないか、そこからソルシエが始まった」という旨の話をされていたので、作り替える作り替えられる存在という意味なのでは)
そして「僕は黒猫」黒猫はフランスでは幸福の象徴らしいですね。幸せを運んで来るフィンセント。

そして下から見上げる顔は笑ったように見えているため、最後に笑った口を描いて筆を置く。

寝転んで絵を持ち上げ見上げ「真実の色だよ」
普通の人は見落としがちな本当の表情をフィンセントは見えている。

フィンセントとテオドルスの再会。
(話を聞いていないフィンセントにキレるマルクス。ノリツッコミもナイスでした。ただ、マルクスの血圧が心配)
「思い出すなぁ、兄さん」のテオドルスの声はそれまでに聞いたことのないような、優しく、嬉しそうな声。<
「テオ、久しぶりだね」と話すフィンセントもとても嬉しそう。
微笑み合う兄弟の真ん中で「えっ?支店長…?」と驚き、顔を見比べるマルクス
そんなマルクスを二人でにこにこしながら振り向く。
(フィンセントと向き合うテオドルスは本当に愛おしそうに笑っていて、マルクスにはテオドルスが兄を自慢するようでした)

アンリ達とテオドルスの出会い。
「僕達の話も必要でしょ?」と話すシニャックに「いらねぇなぁ」と興味を示さないサントロ。
(少しからかっている?)
聞いて聞いて!すごいから!みたいにはしゃぐシニャックに「危ねえな!」と怒るサントロとシュンとするシニャックが可愛い。

シニャックにアプサントをすすめられるも、「そんな毒みたいな飲み物はいらない」また毒を拒絶するテオドルス。
ナンパに失敗しまくるエミールとテオドルスを睨むアンリ。
(「この酒作ったの誰だよ不っっ味!」「あいつだよ」「ああ」「グーピル商会の!」「シニャック!」
 「ねぇアンリの好きなタイプってどんな子?」「あいつだよ」「えっ、あのハットの?でもアレおとこ…?」「グーピル商会の!」「ああ!大丈夫オレそーゆーの理解あるから!!!」
言い出したらきりがありません。ここのエミールとアンリとのやり取りも毎回面白かったので、是非円盤に)

「雇ってくれませんかね、グーピル商会で!」とテオドルスの前にある椅子に逆向きに座るお茶目なシニャック
ふっと笑って「やめとけ」と笑うテオドルスが、画家としてシニャックに成功して欲しいからなのかと思うと苦しい。
(上田シニャックの職業紹介の三人目が日替わりで、「建築家」の発音が好きでした)

そしてアンリがテオドルスのテーブルにステッキを叩きつける。
とても冷たくテオドルスを馬鹿にする余裕のあるアンリ。
落ち着き払っているものの、権威と保身を纏うグーピル商会を嫌う心が渦巻く。
それを「アンリ、やめとけって」と宥めるエミール。
その後も「お前のこと知ってるじゃねぇか」と嬉しそうに話すエミールは素直で天真爛漫で心優しい真っ直ぐな青年だと伺える。
テオドルスが「確かムーラン・ド・ラ・ギャレットの娼婦を描いている画家だ」とアンリを指さすのを真似するエミールがお茶目。
「出て行けよ権威の犬」
くつくつと笑い出し
「騒いでいるだけで高められるとは、なんとも都合のいい精神だと思ってな」と応戦。呆気にとられる芸術家。
そんな彼らをよそに喧嘩を買うどころか仕掛けるテオドルス。
カフェモンタンに来たのはアンリ一人だけ。
上にいるテオドルスは手すりの埃を人差し指でとり「不健康なことだ」と吐き捨てる。

パン屋の主人(下道純一さん)に「いいとこの画商さんだなっていうじゃねぇかぁ…」と言われたテオドルスが「イヤイヤ」と笑って苦笑いで謙遜する。
彼にとって品格に溺れたグーピル商会という場所に価値はない。

M5『1フランの絵画』
そわそわしていて自信のなさそうなシニャック
「さて…お立会い…!」
不安そうに張り上げた声も震えていて。
あまり大きな声を出せずに周りにいた人に声をかけて人を招く。
しかし、歌いだした瞬間その不安は何処へやら。とても可愛らしい晴れやかな声でどんどん人が集まる。
アンサンブルのクオリティの高さはここで一目瞭然なのでは。
どこまでも明るく突き抜けていて、毎回鳥肌が立ってしまう。劇場で聞くからこそ、そのゾワッとくるほどの明るさが爽快感が体感できるものだと思いました。
「新しい芸術に目を向けたらどうだ」と声を荒らげるアンリに「なぜ絵を描くと問う」
そもそも芸術とは何なのか。
押さえつけられることで凝り固まってしまったアンリの芸術を再び解き放つテオドルス。
「でも、美味しそうだな…そのパンの絵!」と一人の青年(荒木栄人さん)がパンの絵に向かう。
そこからがテオドルスの本当の魔法。
再演では振付も少し変わっていて、とにかく楽しそう。
特権階級ではないパリの市民だって芸術を愛している。そうわかる一曲。
そして新しい芸術とその力を目のあたりにしたアンリのもとへテオドルスが降りてくる。
(もうここでテオドルスはアンリが自分と同じように新しい芸術を作っていくことを認め、そうなる未来をわかっていたのではないか)

「いつの世も体制は内側から壊していくほうが面白い」と内側からで強くそれを指さし、握りつぶす。
「お前も壊してみるか?」そう不敵に笑うテオドルスにアンリは言葉を失う。

そしてアンデパンダン展を開催すると画家組に話す。
フィンセントを見つけて「あ!お前!」と驚くゴーギャンをよそに
「パリの街中の人に見てもらう」と画家組に話す。
しかし、フィンセントには「兄さんの絵を世界に広めるんだ」フィンセントは特別なものを持っている、そう信じているテオドルス。
その言葉の違いに気付いた画家組は一瞬テオドルスを振り返る。
そこで画家組はフィンセントとの違いを暗に叩きつけられ、その後のライバル意識につながるのだろうか。
そんなことには全く気が付かないフィンセントはテオドルスの言葉の意味を首を傾げながら考える。

アンデパンダン展の絵を描いている画家組。
エミールの師匠であるスーラ(小島和幸さん)が『アニエールの水浴』を持ってくる。
シャイなスーラは逃げ出すもゴーギャンシニャックに捕まる。
(ここで「おいでー」と絵筆で床をとんとんしてるエミールが小さい子のようで、あなたの師匠じゃないのかよと突っ込みたくなる)
興味を示したフィンセントはほふく前進でずるるっと段から落ち、スーラの絵を手に取る。
「強いて言うなら、『アニエールの水浴』!」とぶっきらぼうに返すスーラが可愛い。
スーラの代わりに説明しているエミール(後ろでゴーギャンにからかわれるスーラ不憫可愛い)だがもうフィンセントは聞いておらず
「調子狂うやつだなぁ」と呆れるアンリ達と「俺もそうだった」と絵筆でちょんちょんとフィンセントの膝にちょっかい出すゴーギャン
ゴーギャンはフィンセントの良き理解者で。
もしかしたら自由人なところが似ているのかもしれない。

「この絵たちは普通に展覧会に置くことはできないのかい?」と絵を眺めながら楽しそうに聞くフィンセントに
「どれもアカデミーの審査を通らねぇと出品できねぇんだ」と苛立って話すエミール。
そのエミールの肩を宥めるように手をかけるアンリ。

そしてテオドルスが上から新しい芸術を街中に広めると高らかに宣言し、期待でいっぱいの画家組の顔を見上げるフィンセント。
彼が今一番描きたいのはそんな仲間の素敵な笑顔。



しかしそんな明るい世界に蔓延るのはアカデミー側の権力。
一人の若い画家(前田大翔さん)がジェロームの仕事場に侵入してくる。新しい芸術を認めろ、と。
張り詰めた空気と神経質そうなグラスの音はそのままで「利き手は?」の重厚感。

M6『神よりの盃』
価値のある芸術と、それではない芸術。
対比させることでアカデミー側の自分たちの芸術がどれだけ高尚なものかを歌い、そして新しい芸術を否定する。
「綻びは速やかに切り取ってしまえばいい」 更に増した嫌味っぽさ(褒めてる)と新しいものを嫌う気持ち。

腕を折られる場面、19日から叫び方ガラッと変わっていて、小さい叫びから大きく悲鳴をあげでいて痛々しい叫びになっていたのがとても印象的でした。
思わず顔を顰めてしまうほど、苦しかった。


アンデパンダン展が開催できなくなったと駆け込んでくるゴーギャンと、どこに行っても話す前に断られたと話すシニャック
苛立ちを隠しきれないゴーギャンとエミールに対し、アンデパンダン展は中止だと冷静に話すアンリ。
アンリだって悔しくてたまらないはず。ただ、ここでヤケになってもどうにもならない。
どうしたら自分たちの絵を人に見てもらえるのか。
反橋アンリは画家組のリーダー格であり、頭脳。

「大丈夫だよ。テオは、やると決めて出来なかっとことは一度もないんだぁ」
と気の抜けるような、でも安心するようなフィンセントの声が。
追及をしようとしたところで、テオドルスがやってくる。フィンセントの絵を覗き込んで「ほう、素晴らしい」「やさしいタッチだ」と話すテオドルスは兄溺愛駄々漏れ。
画家組に向き直り、真顔になる。
「誰も飲まないのか?紅茶が冷めるぞ」と手に取り、飲み始める。
アンリに頭を下げられるも「グーピルに置くつもりはない」と話す。
テオドルスの言葉に怒りが爆発しそうなエミールが「そうだよな、グーピルで扱うのは有名な絵画だけだ」と詰め寄ろうとしたとき
「会場は必要がない」と言われ、呆然とする画家組。
そして印刷された絵を見て驚く。

扉を開けて「みんな表へ出ろ!」テオドルスが放った瞬間光が差し込む。
「俺達のアンデパンダン展を開催する、会場はこの街、全てだ」の言葉を合図に駆け出す画家組。

街中にばら撒かれる新しい芸術。それを見て感動する人々。自分たちの絵を見て感動する人々を見てまた感動する画家組。
パリの未来は明るい。
人の何手も先を読んでいるテオドルスだから出来た、アンデパンダン展。
その1枚を拾い上げ、テオドルスに合図をするサントロ。テオドルスも一瞬回想シーンと語りがクロスする。

M7『モンマルトルの丘』
何かと話題のモンマルトルの丘。個人的には一番好きなナンバーです。
反橋アンリの地声とは異なる明るくて華のある歌声、輝馬エミールの伸びやかでドラマチックな歌声、上田シニャックの可愛らしく明るい歌声、Kimeruゴーギャンの力強くわんぱくな歌声。
そこに平野フィンの突き抜けるような明るい色鮮やかな歌声と、良知テオの深みのある歌声が混ざる。

ピアノに色をつけてみたり、江草さんにちょっかいかけてみたり、お互いに色を付けてみたり、本当に楽しそうに歌って踊る画家組が愛おしかった。
若い画家たちの色鮮やかな風景。世界はまだこの景色を知らない、この筆を知らない。
新しい画家組の新しいモンマルトルの丘。顔を見合って楽しそうに嬉しそうに頷きながら歌う。
(千秋楽ではKimeruさんがひっそり泣いてしまったり、キャストの方々自身もとても思い入れのある歌で。それが舞台にも出ているのが素敵だなぁと思いました。)
たくさんの人に届け、空の色を変える、この景色こそが
この鮮やかな熱き筆が、幼き二人の夢がモンマルトルを新しくする。
そう歌いながらフィンセントは目つきが変わり、画家組を後ろから見つめながら筆を動かす。
“空の色を変える”でフィンとテオが向かい合って頷きあって歌う瞬間、まるで一人の人間の声のよう。
街に撒いた絵を拾っている最中、余韻に浸るように楽しそうに鼻歌を歌うエミールが可愛らしい。

画家組を描くとはいい題材だったと褒めるテオドルスに「うーん、描きたかったから」とくるくると筆を動かしながら話すフィンセントもまた楽しそうで。

イーサン画廊の開館式。
招待状とひとり700フランの金をマルクス軽油で渡した浮浪者三人組と画廊側がもめているとそこにテオドルスが。オーバーに浮浪者をバカにするテオドルス。それを睨むジェローム
絵を買って帰ればいいと話すテオドルスだが、気にいらないと吐き捨てる浮浪者を見てわざとらしく
「(あわわ!それ言っちゃダメだよ!描いたのこの人なんだから!)」みたいな表情が憎たらしい。
再演は6割増しでムカつく表情をしていてかえって清々しい。

捨てられた招待状を破りジェロームに向かって放り投げる。
ジェロームの「消すぞ」が完全に炎がついてしまっている。
「やってみやがれ馬鹿野郎」と先ほどとは変わって恐ろしいまでに睨みつけるテオドルス。
「本物の夜明けを、見せてやる」覚悟しておけと言うように、言い聞かせるように。

しかし、テオドルスはムッシュとその付き人に暴行されてしまう。
どれだけ殴られても、蹴られても絶対に反撃しない。されるがまま。

「新しい芸術は、生まれ続けるぞ」
まだわからないのかといったような言い方に片眉を上げるムッシュ
「絵を描く以外に他にできることがないからだろ?」にすかさず「違うね」と返し、口に溜まった血を吐く
「絵を描くしか、生きてる意味がないからだ」そう苦しそうに言うテオドルスの目には潤んでいる。

絵を描くことができない自身の生きてる意味なんて無いように、自分自身を嘲るように。

画廊に戻った傷だらけのテオドルスを見つけたフィンセントは、パレットを置いてテオドルスに駆け寄る。
たいしたことはないから模写の続きをと促されるが、フィンセントは聞かず、心配そうにテオドルスについた土をそっとはたく。
「俺がいて描けないなら俺が消える!」半ばムキになって言うテオドルスの顔をじっと見つめるフィンセント。
テオドルスも負けじとじっと睨む。「ん~…」と納得いかないように長く唸ってから「(仕方ないなぁ)」と折れたようにパレットを手に取る。

もしかしたら子供の頃もヤンチャで意地っ張りなテオドルスの言うことをこうして聞いてあげてたのかもしれない。
その絵で世界を変えるんだと話すテオドルスに「それよりも僕は君になにか好きなものを見つけてほしい」と笑って言うフィンセント。
「ん~、あぁ」と違う違うといったとように、人差し指を振るテオドルスが
絵から覗き込んで微笑みかけてくるフィンセントの「僕に絵を与えてくれたのは、君だから」を聞いた瞬間、固まり、組んだ手を強く握る。
そしてゆっくりと上げた顔は睨むような泣きそうな、なんとも言えない表情。自分が落ちた運命の恋の話をする。

M8『糸杉と星の道』
強い眼差しのまま夢見心地で歌い出すテオドルスに「テオ?」と優しく呼びかけるフィンセント。
フィンセントの声を聞いて我にかえるけれど、フィンの絵への恋はいつしか嫉妬に変わる。
「幼き背中 傷を描いた あの日の絵さ」
テオドルスの背中に傷のプロジェクション・マッピングが。
兄と自分だけの秘密であり、運命を変えたあの傷。
「あなたのそば過ごした時間は」で切なくフィンセントに向かって両手を伸ばし、
「一番な幸福」で手を差し出して頷きながら本当に幸せそうに嬉しそうに笑うテオドルス。
しかし「一番の不幸」でもあった。フィンセントから差し伸べられた手をとれない。どちらもテオドルスの本心。
フィンセントと過ごした日々はテオドルスにとってかけがえのない宝物のような日々であり、自分に才能が無いと深く傷ついた忘れがたき地獄のような日々。

しかし兄は「君に見せたい」その心だけで絵を描いていた。
自分の絵こそが弟を雁字搦めにしてしまっていることを知らずに、ただ素敵な世界を純粋に共有したい、その一心で。
二人の間から糸杉の絵が。寄り添うようにして歩く絵の二人と兄弟とが重なる。

そして一人になったテオドルスは生涯語らぬ言葉を紡ぐ。
愛おしそうにフィンセントの絵を見つめて触れようとするも「画家になりたかった」と言った瞬間、その思いの強さから手が震えてどうにもならない。
震える手を見て更に震えだす身体。
何よりも望んだものが手の中に無い現実。
(再演では、このどうしても欲しかった才能が兄にしかない現実と、その現実を受け入れきれずにいるテオドルスのように感じました)<


2幕
サントロの物語が出来上がり始める。
虚像のフィンセントは虚ろな目で爪を齧り、落ち着きのない様子。
まさに、狂気。まだテオドルスにはその姿は見えていない。

そして、テオの口からフィンセントの話を聞きたいと訴えるサントロ。
しかしテオは、なかなか話そうとしない。
自分の話をすることへの恐怖なのか、それともまだフィンセントを思い出すにはつらすぎるのか。
「炎の画家を作るんだろ?俺と、お前たちで」というサントロの言葉に決意したように振り返る。

「芸術とは、何を描くものだと思う?」と上げ調子にアンリとエミールに問う声が明るく優しい。
彼はフィンセントが亡くなってから色のない声で、下げ調子に話していることに改めて気付かされる。
モノクロのテオドルスに、あの頃はフィンセントが色を付けていたのか。

フィンセントには怒りの感情がないと話すテオドルス。
この時の手の動きと、『ギフト』『ひまわり』の手の動きが似ていて。
でも楽曲の時は「すべてを受け入れる」他に手を一度ひっくり返していて。
それは真実のフィンセントを捨てて、フィンセント像を新たに形成しているという意味なのか。
(それにしても机によりかかる良知テオの足がスラーっと伸びていて美しかったです)


扉に穴が開いてしまった作業夫(荒木栄人さん)に話しかけるフィンセント。
絵で塞ぐように提案し、「待ってて!」とルンルンしながら帰っていくフィンセントの背中が可愛い。



テオドルスがカーテンを開けると絵を選んでいるフィンセントが。
平野フィン「わぁあ!」
良知テオ「わぁあ!」
同じように驚く兄弟。行動パターンが根本では似ているのかも知れない。
作業夫のために絵を選んでいると聞くと、ただ「そうか」と納得した様子のテオドルス。
初演ではそう聞いた瞬間から冷たく強い眼差しであったのが、この変りように驚きました。
そして、にこやかに「そこで紅茶でも飲んでいてくれないか?俺がとびきりの一枚を選んでやるよっ」と提案し
一瞬きょとんとしたもののすぐに嬉しそうに笑って「本当?テオに任せれば安心だぁ!」と


テオドルスのネクタイをきゅっきゅとしめたり、ジャケットの裾を掴んだり、脇腹をくすぐったりするフィンセント。
「そうだろ~?」と
同じようにフィンセントのストールをきゅっきゅとしめたりとその時その時のフィンセントと同じ様な行動をとるテオドルス。

しかしフィンセントが背中を向けた瞬間、恐ろしいまでに強くその背中を睨む。
振り返ったフィンセントにはいつも通りの笑顔を向け、カーテンを閉める。

犬の名前を尋ねるテオドルスと、いくつも挙げるも思い出せないフィンセント。
(平野フィンの変化球にも様々なパターンがあって、思わず笑ってしまう良知テオがいたり)

才能を英語でなんと言うか。
「ギフト」=神様からの贈り物。
それは素敵な考えだと話す素直なフィンセント。
「兄さんもそのうちのひとりだが?」明るく話していたテオドルスがここで一気に憎悪をのぞかせる。
それにまだ気づかないフィンセントは、テオドルスの言葉を復唱しながらティーカップをしげしげと見つめる。
そして激昂し、暴れるテオドルスの音でさっと振り返り名前を呼ぶ。
(この振り返り方が音に反応した猫のよう)
しかしそれはもうテオドルスには届いていない、もしくはその優しい声さえも着火剤となってしまった。

「考えろ」がこんなにも熱く、苦しく、切なく、様々な感情が呼び起こされるものになるとは。<
もう感情が抑え切れない。兄の絵を愛している、その絵で世界を変えることができる。
しかし、その才能を持った本人がそれを分かってくれない。
焦りというよりも、それはもはや嫉妬。それから、愛しているからこその憎悪。

犬の名前を思い出したとフィンセントの胸を指で叩いて笑顔で話すテオドルスの手には夥しい量の血が。
笑顔で「ヤープだ」と言うと、すぐに冷たい表情になってその場を立ち去るテオドルス。
赤黒い血でテオドルスの手の跡が残されたキャンバスに気付いたフィンセントの後ずさる足音が悲しく響く。


新しい芸術を、ファン・ゴッホ兄弟を潰そうと目論むジェローム。「一介の画商を消したところで我々に影響はないのでは」と話すムッシュは、もしかしたらジェロームの狂気を察しているのか。

M9『欲望』
自問自答を繰り返すも、透明の色など見つからない。
透明の色など存在しないからだ。
その透明の色を探す、つまり自身の限界が見えてしまった彼が求めるものはもう不可能な領域であって。
そんなことは彼自身もわかっている。
でもそれを求めてしまう。
「大切な人の死だ」の後によろけるように、しかし、しっかりと一歩一歩あるくジェロームが印象的。
この世界ではきっともう彼の息子は亡くなってしまっているのか。
だからこそ、かけがえのない人の死を味わわせ、テオドルスを破滅へと突き落とそうとするのではないかと。
また、その不可能な領域はもう手の届かない息子ということなのか。
この欲望も命も捨てられる、私だけの透明の色さえあれば。

ゴーギャンと共に楽しそうに絵について話しながら歩いていると、突如襲われ、誘拐されるフィンセント。
ゴーギャンは襲ってきた連中に反逆を試みているものの、フィンセントはされるがまま。
テオドルスも暴行された時に手を出していない。
牧師の家に生まれ、わんぱくだったものの、怒りのないフィンセントとおそらく喧嘩をしてこなかったテオドルス。
その二人の成長してきた環境が伺えた。

攫われる直前、フィンセントはゴーギャンに手を伸ばす。
その目には不安という色しか浮かんでおらず、ゴーギャンの怒りと悲しみの目とはまた別のものがあった。
すぐさま仲間に知らせに走るゴーギャン

知らせを聞いて駆け出すエミールとそれを止めるテオドルス。
テオドルスは歩いているものの、普段の一歩一歩着実に存在を知らしめるような歩き方ではなく、かなり焦っているように教会へと向かう。
「フィンセントの耳」と「兄弟の本当の夢」という“現実”と“虚実”の入り交じる場面でまたテオドルスは客席という3次元空間に降り立つ。

教会の場面。
殴られても蹴られても「なんでこんなことするの?」と不思議がり、テオドルスの名前が出ると自慢げに話し出すフィンセント。
そこに一人でやってくるテオドルス。
「まだギリギリ生きてるよ、大事な大事なお兄さんは」
ジェロームの言葉が楽しむようで試すようで。
ムッシュがフィンセントに銃を突きつけた瞬間、また猫のように振り返るテオドルス。
「死ぬのは、俺だ」に一瞬驚いたものの「手間が省けるぅ~」と言うジェロームが本当に憎たらしい(褒めてる)

M10『兄弟』
再演では、多くの歌詞にクエスチョンマーク(?)とエクスクラメーションマーク(!)がついている。この曲もその一つ。
フィンセントに銃を向けたテオドルスの手が震えている。
銃を自分に向けた時は震えていない。
故郷の空が大嫌いだったと話す手は震えている。
初演ではテオドルスが唯一魔法をかけられなかった存在が、フィンセントなのではないか思っていました。
そしてもうその感情がコントロール出来ない程に抑え切れなくなってしまった、と。
しかし、再演のテオドルスはそれをもう知っているのかもしれない。
フィンセントにはテオドルスの“魔法”=“嘘”が通用しないことが、わかっていたからなのではないかと思いました。
本当にテオドルスにとってあの空は“大嫌い”だったのかも知れません。
しかし、“大好き”だったからこそ、兄と見上げるあの空が何よりも大切な宝物だったからこそ、憎いのかも知れません。
だからこそ“大嫌いだった”と、その部分だけを切り取って伝えることが偽りになるから


それを見ぬかれてしまうのではないかと、思っていたのではないか。
そして、あの空と同じ色の瞳をしたフィンセントの目を見るたびにそれを思い出してしまうから
「あんたのそのとぼけた面を見る度に苛ついて仕方がないんだ!」と言ったのか。
「そんな嘘はやめろ テオ、聞きたくない」 と、その話も見抜かれてしまう。
フィンセントが幼い頃からずっと同じ空を見上げていたテオドルスの言葉を信じたくないから言っているのではなく、
テオドルスが偽りの黒い部分だけの感情を出している事にフィンセントは気づいているのかも。
だから彼も帽子をとって「別に嘘じゃない」とフィンセントの目を見て言う。
嘘じゃない。ただ、それだけの感情でもない。
だからまた「そんなのは嘘だ」と言われる。
テオドルスはもう、自分の感情さえコントロール出来なくなってくる。
そこへフィンセントも幼い頃からずっとテオドルスに対して思っていた
「君は全てを持っている!」と強く歌う。
(原作で子供の頃フィンは「テオのようになりたかった」と話す。その時に描いていたのがテオの背中の傷の絵で。しかしそれを見たテオは「兄さんは画家になれよ」と言う。そして将来を悩んでいるテオに、フィンは「ずっと仲のいい兄弟でいて」と笑顔を向ける。それが幼い頃の二人の約束。)

しかし「全てを持っている」という言葉は、フィンセントからかけられるその言葉だけはテオドルスにとって地雷のような着火スイッチのようなもで。
一段高くなった所を思いっきり踏み付ける。
自分が欲しくてたまらなかったものはフィンセントだけにあると知ったあの瞬間から、自分は努力をしてきた。
しかし、どんなに努力したってその才能に追いつけるはずはない。
「そんなものは才能じゃない 努力」指をさして。自分これは努力だ、神からの贈り物などではない。自分は選ばれなかった人間だ。お前とは違う。
「なんの役にも立たない!」呼吸さえままならない。
苦しくて、憎くて、羨ましくて。憧れで、愛していて。

絵を描き続けろ、それがあんたの宿命だ。 「さよなら、兄さん」そう落ち着き払った声で言った瞬間、
「ふざけるな!!!」フィンセントの覚醒。
瞬時に真っ赤に変わる舞台。
その場にいるすべての人間が息を呑み、フィンセントの怒りの誕生に驚愕する。
「僕のためにテオに死なれて堪るか…!!!」
銃口をテオドルスの額に突き付けるフィンセント。
笑顔のまま、ぐっと詰め寄り、額に銃を押し当てるテオドルス。
兄さんに殺されるなら本望だと話すテオドルスは笑顔のままで。
「どうする?…フィンセント」
フィンセントの名前を呼ぶ声はいつもの優しい声で、しかしテオドルスは自分の手で銃を作り、フィンセントのこめかみに打ち込むように叩いてフィンセントを煽る。
フィンセントは強い眼差しのまま、テオドルスの目を見つめて銃を構え続ける。
「答えろフィンセント!!!」
テオドルスの怒りと全てが爆発。

「テオ、君はひとつ大きな勘違いをしている」
よく聞いて、テオドルス。そう言い聞かせるように。

それまでテオドルスによってかけられる魔法で進んできた物語が、フィンセントの覚醒と共に一気に様子が変わり始める。
フィンセントが渦の中心になる。ぐるぐると回るように、全てがフィンセントに吸い寄せられる。

その宿命、受けて立とう。
自分が世界を幸せにする絵を描くことがテオドルスの望みであって、本当に好きなことならば。
ずっと君になにか好きなことを見つけてほしかった。それが好きは事だと分かったから。
ただ、君にも宿命がある。
そう言われたテオドルスは「は?」といったような表情でフィンセントに近づく。
「君が世に出す」そう言い聞かせられる。
「僕の筆を」フィンセントは自分の胸に手をあてながら
「その手で絵を世界に」フィンセントがテオドルスの腕を掴む。
離そうともがくが、フィンセントのその思いの強さと力を振りほどくことが出来ない。
床に落ちる帽子。
(この帽子はテオドルスの本心を隠す“虚勢”であると初演時に解釈しました。兄フィンセントの存在によって隠された本心フィンセントによって顕になった瞬間)

「それが君の僕ら兄弟の宿命」でフィンセントに差し込む強い光。その中にテオドルスもいる。フィンセントとテオドルスは二人でひとつ。フィンセントの光も全てテオドルスを照らしている。
キーが変わったことで強く、そして光の画家としての覚醒。
近づこうとするテオドルスに銃を向けて近づかせないフィンセント。
そのままフィンセント自身に銃を向けると、テオドルス止めようと駆け出す。
その瞬間、フィンセントは自分の左耳を撃ち抜く。

激情と一気に凍った空気。
フィンセントがゆっくりと立ち上がり 「そうだろ?」と微笑む。
呆然と立ち尽くしていたテオドルスは何も言えない。
昨日までの自分は死んだ。
テオドルスを羨ましいと思った過去の自分も、テオドルスを苦しめてしまっていた自分も、みんな死んだ。
だから
「あの頃、君が見た空の向こうまで僕を連れてってよ。テオ」
そして我に返ったフィンセント痛みに蹲る。
それを見てまた我に返るテオドルス。
フィンセントの肩を抱きしめて頭をくっつけながら「行こうか、世界の果てまで」と微笑む。
この兄弟の笑顔に偽りは無い。
フィンセントはフィンセントの、テオドルスはテオドルスの宿命を果たし、二人で描いた夢を叶えよう。
そう新たに生まれ変わった兄弟。

3年後のパリ。
テオドルスの尽力と画家組の熱き筆、市民の愛する芸術。
パリは新しい芸術に追風になっていた。
アンリに絵を見せに駆け込んでくるシニャック
(上田シニャックの「アンリさぁーん!」が好きでした)
点描のタッチを自分なりに変えてみたと話すシニャックの絵を絶賛するアンリとゴーギャン


テオに見せようと話すアンリに不安がるシニャック。<
「あいつの目利きは本物だよ」と優しく諭し、シニャックを安心させる。
Kimeruゴーギャンの「すっげぇーーー!」が5歳児。ピュア)

ゴーギャンもフィンセントに影響され、新しい手法で絵を描いていると話す。
そして点描を捨てたエミールの作品を披露。
「今度は、お前に負けない」そうアンリの方を向いて強く言うエミール。
エミールはアンリの絵に憧れていて、絶大的にアンリを肯定していて。だけど、もう、負けない。そう言えるほどになった。
エミールの絵を見て画家組の後ろからエミールに頷くテオドルス。
「テオ…テオドルス!お前がなんと言おうと俺はこの絵を評価する!」
エミールの絵に釘付けになってステッキを落とし、声を張り上げるアンリ。
「馬鹿言え、とっくに評価している」と笑って言うテオドルスとアンリは「(そっか、そうだよな)」のように少し照れる。

そして「命が尽きる瞬間を描きたい」とアンリのムーラン・ドゥ・ラ・ギャレットが。
テオドルスはアンリの絵の縁に撫でるように触れ「素晴らしい」と笑顔をうかべる。
「俺達だって、フィンセントに勝ちたいんだ」テオドルスに背を向けて言うアンリ。
きっと画家組へ「街中に」フィンセントへ「世界に」と行った時から、画家組はフィンセントへのライバル心をずっと持っていた。
やっと本当に認めてもらえた、そう思った瞬間なのでは。

M11『キャンバスに魔法を』
少し照れくさそうにするアンリの顔を覗き込み、肩を小突くテオドルス。
シニャックの絵に触れ、座るエミールに頷き、ゴーギャンと笑い合う。
キャンバスを片手に客席に駆け出す画家組。
ありのままの美しさを描く画家組には光があたっていて、楽しそうに駆け回り、歌い踊る。
(反橋アンリのステッキさばきがホンッッッッッッットにかっこいいのでホンッッッッッッットにホンッッッッッッットに円盤に収録を…!)

アンリのステッキ手招きでまた舞台に集まる画家組。
それを後ろから見守るテオドルス。

オーヴェールの酒場でテオドルスに手紙を書くフィンセント。
サントロから渡された戯曲を読むテオドルスが、フィンセントから送られてくる手紙を読んでいるようにも見える。
酒場にいる男性二人組から尋ねられ、パリにいる弟に手紙を書いていると話すフィンセント。
明日帰るのに変なやつだなぁと笑われるが、きょとんとしている。
パリで個展を開くことと「長年の夢だったんだぁ、僕達兄弟の…」と嬉しそうに話すフィンセントに、
男性二人組が「(頑張れよ!成功するといいな!)」のように声をかけて去っていく。<
あたたかい世界。
そこに鳴り響く銃声。フィンセントはそれに気づいて外へ出て行ってしまう。
その背中を追いかけるように、様子をうかがうサントロ。
そしてそんなことを知らないテオドルスは新しい展覧会の開催の成功を祈り、高らかに歌う。
魔法をかけた絵が世界に放たれる。
やっと二人の夢が叶う。
「世界よ さあ!」

そこに駆け込んでくるマルクス
何だいつもに増して慌てて、騒がしい。そんなふうにあしらうテオドルス。
「はやく、オーヴェールへ…」
何を言っているんだこいつはと言ったようなテオドルスと画家組。
アンリの「は?」から空気が変わる。
「フィンセントが…フィンセントが…!」
マルクスが言い終わる前に駆け出し、マルクスを押し退けるテオドルス。
続いてかけ出したのはゴーギャンマルクスの両肩を支えるように掴む。
アンリはマルクスの言葉を最後まで聞いてから駆け出す。
シニャックは泣き出してしまい、エミールはシニャックを支えるようにして駆け出す。
そこに泣きながらついていくマルクス
(このそれぞれの反応が関係性を表していたように感じます)

その場にいないはずのサントロはフィンセントの遺体を見て呆然とする。
駆け込んでくるテオドルス。
フィンセントに被せられた布を取ろうとするも、できない。
「生涯一度の出逢いを知ってる 忘れる…」
『糸杉と星の道』二人がまるで一人の人間であるような歌声で歌う曲を歌い、被せられた布を取る。
「死んだ…誰がだ!!!」
原作とは異なる、悲しみと怒りと受け入れられないといった激情。フィンセントを強く揺さぶる。
そこへ医者から詳細を聞かされたゴーギャンがやってくる。
テオドルスは真っ先にフィンセントのもとに駆けつけたことがわかる。
そして、きっとこの状況でまともに話せるのがゴーギャンだけだったのかも知れない。
オーヴェールへ向かうテオドルスは列車の中でどのような状態だったのか。
きっと画家組も一緒だったはず。
何かをずっと祈るように唱えていたのか、またはじっと無言でいたのか。

ゴーギャンがフィンセントのポケットに入っていた手紙を差し出すも、もうテオドルスは泣きながら前を見つめている。
魂はフィンセントのもとに行ってしまったのか。
「髪…」とフィンセントの髪を指差して笑うテオドルス。
「…え?」優しく言うゴーギャン
「兄さん、髪…切ったのか」
フィンセントの遺体の額に自分の額をこつんとくっつける。
フィンセントが亡くなったのが前日の夜ならば、きっともうフィンセントの体は冷たい。
(史実のフィンセントはテオドルスの腕に抱かれたまま息を引き取ります。もし、このテオが書き換えたものだとすれば、“そうしたかった”のではないか)
冷たくなったフィンセントに、縋るようにして泣き崩れるテオドルス。

自分が画家になれなんて言わなければ、自分が才能を信じたりしななければ。
フィンセントの絵を手に取り、落とし、自分を責めるテオドルス。
あんなに愛した絵をテオドルスは粗末に扱う。
それは、本当はテオドルスが愛していたのは兄の才能ではなく兄自身だったから。
「あんたはこんなとこで死なずにすんだ!」

帽子のかけられたイーゼルを薙ぎ倒す。
イーゼルと離れたところに落ちる帽子。
「兄さんを殺したのは、俺だ!」<
泣きながら地面を何度も殴り続けた後、フィンセントからの手紙に気づく。

躊躇いながら手紙をあけるテオドルス。
もうこれが最後の兄からの言葉だ。
そんなの信じたくはない、けれど、
兄が何を思ってパリに来る前に、世界を変える前に、夢を叶える前に自分に伝えたかったのか。

「元気かい?テオ」
フィンセントが姿を表す。
絵具をたくさん送ってくれたことへの感謝、オーヴェールが美しいということ。
きっといつもそうやって感謝と感動を伝えていたのかも知れない。
テオドルスが落とした絵をイーゼルに立てかける。元にあった場所には戻さない。
(死んでしまったフィンセントには、自分が戻れないのと同じように、元のように戻せないのではないか)

「きっと神様が僕に与えてくれた本当のギフトは」
テオドルスも声を出して読む。
少し照れくさそうに頭をかいて笑うフィンセント。
「君、だったんじゃないかな」
そう、テオドルスだった。
フィンセントは確信してる。テオドルスこそが自分に与えられた本当の神様からの贈り物。
(テオドルスは、ギリシャ語で“神様からの贈り物”という意味も)


M12『手を』
君がいたから自分は絵を描けた、君がいつも自分を信じてくれたからこの心は美しくいられた。
そうして、人を信じ続けて世界は始まる。
フィンセントがイーゼルをたてる。
「君にだけ」で帽子についたほこりを払い、形を整える。
イーゼルがフィンセントでテオドルスが帽子であると解釈)
高くなったところへ二つを運ぶフィンセント。
二人で高いところへ。
しかし、テオドルスにはまだやることがある。世界に絵を広めることが。
テオドルスに帽子のを浅く被せ、テオドルスの後ろに座り込んで背中に自分の背中をくっつける。
フィンセントのぬくもりを感じるテオドルス。
だから、自分を信じて。
もう偽らなくていいから、ありのままの自分を信じて。そう励ますように歌うフィンセント。

明日を描く孤独な黒猫=テオドルス
抱きしめることはもう出来ないかもしれない。けれど、心の中で固くいつまでも握手を。
(史実のフィンセントがテオドルスに送った手紙にそのような文章があったそうです)

首を振って蹲るテオドルスを見て
「テオ」と覗き込むように優しく歌いかける。<
「手を」自分の手を見て、よし、と微笑む。
「生きるよ」後ろからテオドルスの肩に手を置き、励ますようにぎゅっと掴む。
はっとするテオドルス。
フィンセントの手のぬくもりが、生きるという言葉が届いたのか。
憑き物が落ちたというべきか、憔悴しきったというべきか、それまでに見たことのない子供のような笑顔を浮かべて手を伸ばすテオドルス。

立ち上がり「行こうか、その、場所へ」帽子を深く被り、イーゼルに手をかけてから力無く歩き出す。
イーゼルに、フィンセントに触れて、背中を押されて最後の魔法をかけに行く。
そうでもしないともう、一人では魔法をかけることができない。

そしてサントロの戯曲が完成する。
作られた炎の画家ゴッホは狂気に満ちていた。
初演では作られたフィンセント像はテオドルスにだけ見えていて、帽子をとったテオドルスが泣き出しそうに首を振りながら見ていたのに対し
再演では画家組、サントロ、テオドルス全てにフィンセント像が見えていて、テオドルスは帽子をとってじっとそれを見つめる。

狂気の画家はもう焦点も定まらず、歩く足取りもおぼつかない、その神経は絵筆にだけ通っているようで。
ゴーギャンに認められ狂喜乱舞するフィンセントを見て後退るアンリ。
ゴーギャンをじっと見る目と別れに傷心のフィンセントはもう怪物のようで。

「耳を切った、というのは?」提案に驚く画家組と、満足気に不敵に微笑むテオドルス。
フィンセントの最後を書きかえる。
「兄さんは自殺した」にそれでもいいのかと尋ねるエミール。
「構わない」と声を出して笑い、あれだけ毒みたいだと話していたアプサントを注ぐ。
「炎の画家だ」
炎の画家を作り上げるのには、悲しんでいる弟なんか殺さないければいけない。
二人にとっての別れは死なのだ。
毒を一気に飲み干し、握りしめたままのグラスを机に叩きつける。
「…ご感想は?」
そう尋ねるテオドルスは、苦しそうで、悲しそうで、今にも泣きそうで。そんな顔で歪んだ笑顔で。
テオドルスのそんな表情を見るのはアンリは初めてで、狼狽えてしまう。
しかし、テオドルスが歪んだ笑顔のままいつもの強い眼差しで言うから。
赤く跡のついた手で、いつものように帽子を深くかぶるから。
アンリもいつものように挑戦的に笑って、共犯者になろうと、宣言する。
そして画家組もいつものようにテオドルスとアンリに賛同する。
それがテオドルスとフィンセントの望みであり、画家組の夢でもあるから。

世界に余すことなく弟の俺が世に残す、そのためにならなんだって協力しよう、
「どこまでも高い、シナリオを書く」言い放つテオドルスと画家組の後ろ姿を見て
「まるで、ソルシエだな」と笑うサントロ。


M13『ひまわり』
テオドルスの最後の魔法。
画家にとっての命=絵具を送り続けたテオドルス。


フィンセントにとっての贈り物が二人の夢のつづきに最後の魔法をかける。
兄と弟、ひとつの人生をともに送ってきた。
「兄さん」と手を伸ばした先にはフィンセントの絵が。
しかし、そこにたどり着くことはできない。まだ彼の手はとれない。
息絶えたようにソファに深く沈みこむテオドルス。


1年後。
炎の画家ゴッホの伝説は世に広まり、展覧会も大盛況だと伝えに来たサントロ。
弟は生きられるのかと問うテオドルスに、サントロはそれでいいのかと尋ねる。
「兄に憧れた弟は、兄の死後、すぐ…死ぬべきだった」
死ぬべきだった、むしろ、死んでしまいたかった。
でも、そんなことは出来る訳がない。
だってフィンセントの絵を、作り替えた生涯を見届けなければならなかったから。
世界を変えることが二人の夢だったから、変わっていく世界を自分が、見届けなければ。

「約束したんだ」幼い頃「ずっと仲のいい兄弟でいて」と約束したあの日から。
「兄さんは、俺の人生…」と愛おしそうにひまわりの絵を高く上げるテオドルス。
「全てだった」
その全てがなくなってしまった。自分で作り替えてしまった。
その罪悪感と後悔。
何よりもフィンセントを愛していたからこそ、作り替えた自分さえ憎い。
けれどそうしなければならなかった。世界を変え、夢を叶えるには。

現代ゴッホ
フィンセント役の平野さん演じる青年と、ゴーギャン役のKimeruさん演じる青年がゴッホ展に。
自画像を前にして曰くを話すKimeruさん演じる青年。
平野さん演じる青年が「へぇ、ゴッホって弟いるんだ」
原作では「弟いたの?」の過去形に対し、彼は現在形で話していて。
彼はゴッホ兄弟の絆が深く、キヅタの「死んでも離れない」という花言葉を知っていたのではないか。
もしかするとこの二人は、ゴーギャンとフィンセントの生まれ変わりなのではないか。
お節介で少しうんちく垂れているのがゴーギャンぽく、ふわっとしているのも少しフィンセントっぽい。
自画像を見つめて「へぇ」ともらす平野さん演じる青年の目が、テオを見つめるフィンセントのようにも見えて。

老人になったテオドルス。
幼い頃のフィンセントの声が聞こえる。二人でトンボを捕まえるんだ。
頷いたテオドルスはゆっくりと歩き出す。
ポケットから取り出した赤い絵筆はフィンセントのもので。
それを振りかざしながら青空の下、一面に広がるひまわり畑に消えていく。
二人で描いた夢は、ひまわりは、完成した。つまり夢がかなったという意味なのか。


カーテンコール。
晴れ渡る笑顔で出てくる兄弟。<
保守派も、革新派も、キャスト全員で歌う
『モンマルトルの丘』
いつも「二人の夢」で向きあって嬉しそうに笑いあう平野フィンと、良知テオが大好きでした。
(人差し指と小指で二人を表す良知テオはマジでキザ)

はける時に固く握手をしたり、
讃え合うように抱き合ったり、
平野フィンにテオの真似をさせたり
(テオ「(バってやるから、テオの真似して!)」 フィン「?」
 テオ「(戯曲投げるから!)」
 テオごっこしてご満悦ではける良知テオと照れながらはける平野フィン)
抱き合った後に良知テオを抱き上げてぐるぐるまわりだす平野フィンと、足をバタバタさせて喜ぶ良知テオ。
千秋楽では抱きしめて離れようとしない平野フィンをそのままズルズルと良知テオが引きずっていったり。

テオドルスはきっともっと素直にフィンセントに甘えたかっただろうし、フィンセントも甘やかしてあげたかっただろうと思うと
テオドルスとフィンセントの、本当になりたかった姿なのではないかと思ってしまう程に、幸せにあふれたカーテンコールでした。

千秋楽トリプルカーテンコールでスタンディングオベーションの中、手を繋いで出てきた兄弟と、
再々演の約束を指切りする兄弟が、咲き誇るひまわりのように本当に良い笑顔で。

この作品に出会えてよかった。
ミュージカル『さよならソルシエ』に出会えてよかった。
平野良さんがフィンセントで、良知真次さんがテオドルスで、本当によかった。


反橋アンリは、良い所のご子息と言った印象で。
とても落ち着いていて、周りが見えている。個性豊かな画家組のリーダー。
低い声と対照的に、歌になると明るく華やかな歌声でカラフルなアンリだと思いました。
ステッキさばきがホンッッッッッッットに美しくて毎回見惚れてしまうほど。かっこいいアンリさんが大好きでした。

輝馬エミールは一言で言えば天使。
人懐っこくて、素直で、真っ直ぐで、負けず嫌い。アンリにあこがれている姿、自分の絵を模索してる姿も、何より楽しそうに歌って踊る姿が大好きでした。

上田シニャックは、少し自分に自信がなくて、アンリたちに引け目を感じていて。
でも、絵を描くことが大好きで、敏感で繊細なそこには才能があって。
一度懐いたらしつこいんだろうな、と感じることもありましたが、そこが彼の可愛いところだなぁと。優しいシニャックが大好きでした。

Kimeruゴーギャンは安心安定のガキ大将。
画家組では大人だけれど、遊びこごろを忘れない、いつまでも子供の心を持っていて。
でも器用で、賢い。だからこそフィンセントの良き理解者だったように感じます。
兄弟に寄り添うゴーギャンが大好きでした。

青木マルクスは、アンサンブルでありながらもどんどん良知テオとの信頼関係が築かれていって、苦労とともに強くなっていってるのが面白かったです。
真面目で仕事熱心で、少しおっちょこちょいなマルクスが大好きでした。

合田サントロは、やっぱり1番のテオドルスの共犯者。
サントロの「興行的には大失敗だったよ」がなぜかこのソルシエの演劇としてリンクしてしまって。
でも、その演劇も、この演劇も、きっと大成する未来がある。そして回想シーンでの誘い笑いと真剣に戯曲を書き綴る姿が大好きでした。

窪寺ムッシュは下賤下賤と言われながらも、兄弟に影響を強く受けた一人だと再演で感じました。
教会で最後に立ち去るのはムッシュなんです。きっと彼も新しい芸術を受け入れて、その兄弟の素晴しさを書いていくのではないかと思わせてくれました。
やっぱり下賤の歌が大好きでした。

泉見ジェロームは、今年もアツかった。
何よりも誰よりも情熱的で、苦悩していて。敵側なのに憎みきれない。
彼にも寄り添いたくなってしまう。
ジェロームおじいちゃんとして生きてくださってありがとうございました。強く響く歌声が大好きでした。

平野フィンは、とても素敵なお兄さんでした。
ふわっとしているのに、そこにいるだけであたりが晴れ渡るような、少し異質な存在感。青い瞳のうつす世界はどう見えていたのか。
すべてを包み込むようなあたたかい歌声と、強い芯の通った歌声。
テオドルスのことが何よりも大切で、絵を描くのが大好きで、この世の全てが彼によって浄化される。そんなソルシエであるフィンセントが大好きでした。


そして、良知テオ。
何度も言っていますが、良知さんには感謝しかありません。ずっとテオドルスのファンだと言ってきた私が、良知さんによって、本当は彼の何も知らなかったのだと気付かされた一年前。
テオドルスとの世界の境界線が崩れたミュージカルとの出会い。
クールでキザで、スマートな圧倒的な存在の「ソルシエ」だと信じて疑わなかった一年前。
本当は熱くてチャーミングで「ソルシエ」である前に「人間」であると気付かされた。
そして再演では、テオドルスは何よりもフィンセントを愛し、芸術を愛し、新しい才能を愛し、そして優しく、頑丈に見えて脆い、そんな愛すべき「弟」であると気付かされました。
また、テオドルスに恋してしまった。
彼の幸せを祈りたくなって、そして彼の笑顔で幸せになってしまった。
もう、良知テオ以外好きになるなんてできない。
私はもうテオドルスのファンだと言えなくなるかもしれない。
ミュージカルさよならソルシエのテオドルスの、良知テオのファンと名乗ることしかできなくなってしまうかもしれない。
でも、こんなにも素敵な俳優さんに演じてもらえて、きっとテオドルスは本当に幸せだと思います。
良知さんがテオドルスと出会えてよかったと仰っていましたが、私はテオドルスと良知さんの出会いに感謝です。
テオドルスとして生きてくださって、ありがとうございました。
本当に本当に、良知さんのテオドルス・ファン・ゴッホが大好きです。


きっともう、再々演は無いかもしれない。
これを最後に捨てられてしまう、そんなコンテンツなのかもしれない。
他の作品と比べるだなんてしてはいけないけれど、きっとマーベラスさんにとってはあまり興行的には芳しくないから。
そう思いながら初日を迎えたミュージカルさよならソルシエ再演でした。
しかし、演者さんやスタッフさんが
「またやりたい」
「終わってしまうのが寂しい」
「もっとやっていたい」そう話しているのを見て
やっぱりミュージカル『さよならソルシエ』はもっとずっと続いていくものだと思いました。
きっと、日本中に、いや、世界中に。
彼が愛したフィンセント・ファン・ゴッホの絵のように。
高いところへ羽ばたくことができるミュージカルだと私は信じています。
こんなにたくさんの人の愛であふれる作品に出会えてことに感謝です。

キャストさんや、ファンの方々が
さよならソルシエに出会えてよかった」と思える作品になればいいなと初演からずっと思い続けてきました。
それは今でも変わりません。
ただの原作ファンが厚かましい考えかもしれません。
でも、こんなにも愛されて、大きくなっていくミュージカル『さよならソルシエ』を
私自身も心のそこから大好きで
もっとずっと見ていたいと思ってしまっています。
そして、たくさんの方にこの素晴らしい作品にもっと触れてほしいと。

そう願ってやみません。


いつだって彼は「さよなら」を言わせてはくれません。
また会える日を信じ続けて。
だから私も、大好きな、愛すべき魔法使いの言葉を信じ続けて。

「また、会いましょう」

再々演と円盤化を祈って。