「いだてん」1932ロスの話①

何かと話題な2019年大河ドラマ「いだてん」にめちゃくちゃハマっておりまして。

最終回をだいぶ意識する今日この頃、ずるずると引きずり回していた眩しすぎる夏に、決着をつけようと思い立ったが吉日。

考察未満な内容です。自己満。読んでもきっと、あなたのタメにはなりません。責任もとりません。

 

※このブログはあくまで「いだてん」の該当部分に対する私個人の解釈であり、実在された方や実際の出来事、あなたの解釈とは無関係です。

 

眩しすぎる夏とは、「メダルガバガバ大作戦」*1こと1932ロサンゼルス大会のこと。

そしてずるずる引きずり回していたのは、高石勝男さん(演:斎藤工さん)と鶴田義行さん(演:大東駿介さん)の代表云々の話。

最大のトラウマ「黄金狂時代」の話。

 

 

ロサンゼルス大会は、第29回「夢のカリフォルニア」、第30回「黄金狂時代」、第31回「トップ・オブ・ザ・ワールド」からなります。以下タイトルと敬称を省略したかたちで書いていきます。

 

夢のカリフォルニア」で、鶴田は唯一高石の本音を聞き出せる人間であることは確かなわけで。28回の「走れ大地を」では松澤にぶちまけていた本音を、高石は松澤の前で言うことはない。でも選考会前夜、鶴田の前では本音で声を震わせ、取り乱す。

何をしても鶴田はずっと高石を気にかけてる。何度も差し込まれている「鶴田が高石のことを見る」カットが、それ。
夜の二人の言葉は、直接的には代表選考会にかかっているわけだけど、ここでは自身の悩みと焦りとまーちゃんの話だけ。同じ時に高石の「金メダルは安泰、気楽なもんさ」と鶴田の「やるか、老体に鞭うって」もあるけど、これは別に放送されたこともあって別で考える。
おそらく鶴田と別れたあと、高石はまーちゃんの本心を知ってしまったわけで。じっと聞いてて最後に少し、なにか吹っ切れた顔をしてる。諦めた訳じゃないけど、悟った瞬間。
結局選考会で高石は代表に選ばれないわけだけど、そのとき一番なんとも言えない顔してるのが鶴田。高石は吹っ切れたように後輩に拍手したり、気遣ったりしてるけど、納得いってないのは他でもない鶴田。きっとそれも高石は気づいてて、ラジオに向かう時に鶴田の肩に手を置く。高石だって本当は泳ぎたかったけど、もう選考会終わりは“ノンプレイングキャプテン”として覚悟を決めてる。

 

そしてここからが問題。
その続きが「トップ・オブ・ザ・ワールド」の一連だったら、まだきれいに終わることができたよ。美しく昇華する。
違う。させてくれないの。
綺麗になんか終わらせてくれないの、宮藤官九郎という怪物は。

「黄金狂時代」の存在が私と高石勝男、さらには鶴田義行までも傷つけるんだ。


高石勝男はノンプレイングキャプテンとしてチームを支えることに徹しているのは、見ていればわかる。宮崎の金メダルで、涙をちょっと隠しながら称える姿は素晴らしく美しい。
問題は800mリレーのエントリー。
バタバタとあわてふためくロッカールーム、一人なにかを考える鶴田。

お願い、やめて。何度見ても何度でも苦しくなる。

むしろ怖くてオンエア当初は「黄金狂時代」はあまりリピートできなかった。

でも、もうこれと向き合わなければ、ロサンゼルス大会と向き合えない。

どうして宮藤官九郎は「黄金狂時代」に大きすぎる傷を作ったのか。そこに高石勝男を持ってきたのか。

 

話を戻してロッカールーム。

ずっと何か考えるように黙っていた鶴田が口を開く。
「大事な人を忘れてないか?勝っちゃんよ」
この提案が現実となる未来が存在しないのは、誰よりも私たちが知ってる。惨い、あまりにも美しい残酷劇。勝利の神に捧げるグランギニョル
「いや俺は、ノンプレイングキャプテンやし…」
これを高石勝男に言わせる残酷さよ。ちゃんと自分の立場をわかって役に徹してるんだよ高石は。
それでもきっと鶴田は一緒に泳ぎたかったんだろうなと思って、さらにしんどさが増す。
今回、この発言に向き合って改めて考えてみて、新たな発見があった。

もしかすると鶴田は、高石一人では無理でもリレーならメダルの可能性もある、勝っちゃんに金メダルを取らせることができるって考えたのかなって。
第26回「明日なき暴走」アムステルダムのメダルを見せたとき、無邪気に金メダルに大喜びする田畑を見て傷つく高石勝男を、誰よりも近くで見ていたのが鶴田義行だから。高石勝男が金を取るには、この手しかないと思ったのかも。松澤に訴えかける鶴田の表情は、自分の提案が通るに違いないと思っている。鶴田は、松澤が高石をめちゃくちゃ気にかけて試合に出してやりたそうにしてるのをよく知ってたんだろうなって。
そこで揺らぐ高石勝男の儚げな美しさも相まって苦しくなる。もしかして…って期待した瞬間、現実を突きつけられるなんて。松澤の一言ですぐ目が覚めた高石に、追い討ちをかけるように夢物語を語り出す田畑。

もうこれ以上、高石勝男を傷つけないで!!!!!!
まーちゃんの言葉は、たぶんもう諦めのなかで聞いてるから、すぐにまーちゃんの言葉に反応した。

誰も悪くない。散々「余計なことを…」とか言われて軽く叩かれてさえいたけど、やっぱりこれは鶴田が言わなければきっと誰も思わなかったし、言わなかった。鶴田は、後輩さえも使って、高石勝男に金メダルを取らせようとした。
このあとの大横田のレースで、ゴールした大横田を直視できずに俯く高石と労う拍手をする鶴田の違いは、性格だけじゃない何かがあるんだろうな。

ところで実感放送の大横田の一連は本当にしんどくて。自分のことのように傷ついて悲しみを共有する高石勝男の悲哀と美しさは何?

 

さてそれで「トップ・オブ・ザ・ワールド」です。
高石に関して「夢のカリフォルニア」→「トップオブザワールド」なら、どれだけ清らかで美しい物語だったろうか。

暗い影を落とすのが、その間にある一瞬の光。つまり「黄金狂時代」こそが重要になるんですな。


鶴田のレース前、高石によって歌われた「走れ大地を」
これは史実の高石勝男さんのお葬式で流した話を浮かべるけど、ここで重要となるのは歌詞。
「君らの腕は 君らの脚は 我らが日本の 尊き日本の 腕だ! 脚だ!」
高石勝男は、鶴田義行に向かって歌う。
鶴田の視線も、高石を中心にとらえる。
この歌は一種の呪術的な行為で、高石が「日本」重ねたものは高石自身。全て託し、思いを乗せた。

高石勝男に金メダルを取らせるのが、鶴田義行自身になった瞬間。
レースの最中に思い出されたのが、選考会前夜の「気楽なもんさ」の無理に明るく振る舞おうとする高石と、「やるか、老体に鞭うって」の けして諦めることのない鶴田。

その鶴田の光を宿した鋭い目を思い出して、高石は無我夢中で声を張り上げ、悲願は果たされる。
鶴田悲願の金メダルに、自分の事のように喜んでプールに飛び込む高石。


ここで思ったのが、先に水から上がらざるを得なかった高石が、必然的に鶴田と同じタイミングであがることになる。
水をある種“異界”とすると、そこから同時に上がることは、元に戻る(水泳選手をやめる)ことも同時であることを意味してくる。人ならざるものから、二人は同時に人になる。そんな意味もあるんじゃないかなって。

(これについては、またいつか気が向いたら考えるかも)

 

夢のカリフォルニア」でそれぞれの立場(代表とノンプレイングキャプテン)の隔たり、「黄金狂時代」でエゴと断たれた希望、「トップ・オブ・ザ・ワールド」で託した思い。

 

結局このブログで何が言いたかったかっていうと、何もない。

「黄金狂時代」と向き合って3ヶ月経って、うまく飲み込めたって話。

ご清聴、ありがとうございました。

*1:第28回「走れ大地を」田畑政治の台詞より。